心は若くても、身体はちゃんとオジサン
ランニング再開から2か月ほど経った頃。
距離走とスピ練の強度を上げ始めました。
意外と走れる
感覚も戻ってきた一方で、身体に異変が出始めます。
膝、足首、足裏。
痛いわけではない。でも、疲れが抜けない。
数日開けても完全回復した感がない。
身体は正直です。
俺、ちゃんと44歳なんだな。
認めたくはないですが、ちゃんとオジサンになっていました。
ただこの「なんかおかしい」という感覚。
一度やらかしている私には、どうにも無視できないものでした。
このままでは終われません
以前は、この程度ならそのまま走っていたと思います。
「走っていれば、そのうち身体が慣れる」
「痛いのは、身体が進化する合図」
実際、そんなふうに考えて走り続けていました。
浅はかな、意地にも似た感情から、身体から出たサインを無視して走り続ける。
結果、故障して思うように走れなくなりました。
そして、ランニングから離れることになります。
「二の舞になってたまるか」という話です。
4年ぶりに戻ってきたんですから。
同じことを繰り返して、終わるわけにはいきません。
走らなくてもいいじゃない
前の記事「走らなくてもランナーでいられる。」でも触れましたが
今は走っている途中で違和感を感じたら、その日のランニングをやめるようにしています。
そして
翌日も走らない。
その次も走らない。
身体が戻ったと思えるまで
ランニングそのものを休むことにしました。
期間は1週間から3週間くらい。
痛みや違和感がほとんどなくなったら、慣らしでジョグをする。
少しでも不安を感じたら、もう1週間休んでジョグをする。
慣らしで走った翌朝、症状がぶり返していないこと。
それまで感じていた張りや攣っているような感覚が抜けて「すっきりした」と感じられること。
そこまで確認して、少しずつ強度を戻します。
走力が落ちるんじゃないか という不安はありますが
それでも今は
走らなくてもいいじゃない。
と思えるようになりました。
1秒でも長くランナーでい続けたい
走らない期間が長いと焦りとモヤモヤが襲ってきます。
体力が落ちるんじゃないか。
せっかく復帰したのに、また振り出しに戻ってしまう。
以前は、走り続けられるのがランナーだと思っていました。
でも今は
走る日もあれば、走らない日もある。
記録を1秒縮めることより
1秒でも長くランナーでい続けたい。
休止することは怖いです。
でも、それ以上に恐ろしいのは
ランナーとしての人生に幕を閉じることです。
体・心・技とはよく言ったもので
……まあ、私は「技」について語れるようなものはないんですが。
この歳になって「まず身体があってこそ」
この大切さを痛いほど感じるようになりました。
走りたいという気持ちはある。
でも、身体がついてこなければどうにもならない。
気持ちだけなら セバスチャン・サウェにも負けない自信がある。
でも身体は 小6になる息子君にも勝てなくなってきてまして。
なので、走ることと同じくらい
走れる身体でいることも大切にしたいと思っています。
そのくらいがいいですよね。
生涯現役でいたいから
ランニング再開後、半年も経っていません。
それでも、もう何度か立ち止まりました。
昔のなら、それを「走れなかった時間」と考えていました。
今は違います。
長くランニングを続けていくためには
走ることも、止まることも、選択肢のひとつ。
止まると決めた瞬間は悔しい。
でも、長くランニングから離れて
また走れるようになった今だから思います。
止まると決めたその無念は
喜びとなって必ずその人のもとに返ってくる。
生涯現役でいたい。
私はこれからも
迷わずに「走らない」を選ぶようにします。



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