走れるようになった私が 走ることをやめられなくなるまで

はじまりの記録

初めてのフルマラソン。舞台は 2019年のさいたま国際。

スタートラインに立った私には自信しかありませんでした。

ランニング開始2年目にして サブ4達成

自信しかありませんでした。

サブ4とは?

フルマラソン(42.195km)を4時間未満で完走すること。市民ランナーの目標のひとつとして使われる言葉です。

私の頭の中は その言葉で埋め尽くされていた。

フルマラソンという名の遺恨

スタートから折り返し地点までの平均ペースは5分17秒。

これは達成したも同然。

私は頭の中ですでに有頂天になっていた。

25km地点を過ぎるまでは。

30km地点を通過するあたりから感じた明らかなペースダウン。

35kmを過ぎる頃には折り返し地点を過ぎたころの余裕はなくなっていました。

そしてまもなく始まった ひとりウォーキング大会。

脚が動かない。走ろうとすると全体が攣りそうになる。

意識ははっきりしていて気持ちも切れていない。

本当に体がいうことをきかないって あるんだ。心でそうつぶやきました。

失意と絶望を両手いっぱいに抱え 本当に気力だけでゴール。

ゴールゲートを通った瞬間、わたしは立ったまま固まり動けなくなりました。

初めてのフルマラソン。

4時間46分

初フルで完走しただけでなく 何とか5時間を切れた。

ラン経験者の仲間からは、よくやったと称賛の声を多くもらえました。

その言葉には素直に感謝の気持ちでこたえましたが

内心は穏やかではありませんでした。

フルマラソンは 走った人にしか味わえない余韻を残す

練習はもちろん、食事の内容まで大会に向けて調整しました。

オーバーワークにならないよう、コンディションも整えました。

トイレの場所。当日の経過地点ごとのペース配分。追い込みをかけ始める地点。

補給のタイミング。考えられることは全部やって臨んだ。

ランニングを始めてからの2年間 すべてをここに注ぎ込みました。

なのでこの結果は断じて受け入れることができなかった。

次は必ずサブ4。

このころから 走ることに完全に憑りつかれていました。

もっと速く。もっと遠くへ。

もっと速く走るために日々をどう過ごすか。

頭の中は常にそのことでいっぱいです。

ただ私は普通のサラリーマン。ランのためだけの時間は増やせません。

通勤ランで平日のラン距離を稼ぎ
トレーニングは距離走中心から スピード練習に切り替えました。

もちろん頻度は変えずに 週5回。

それでやっと、月間100km程度だった走行距離を、200km前後までに引き上げました。

もっと速く。もっと遠くへ。

「もっと」は、さらに強くなっていきました。

自己ベスト と その代償

ハードなスピード練習を立て続けに行ううちに、左膝に違和感を感じるようになりました。

それでも 私は走り続けました。

“あの時”と同じ轍を踏むまい

ハードな練習をしているんだから 身体に影響が出るのは当然

憎悪にも似た初フルマラソンの記憶が私を突き動かします。

その甲斐あってか この頃の自己ベストは今のところ生涯PBです。

↑ 昔の頑張っていた私

脚に不安があっても走り続け、自己ベストを更新し続けた結果

その代償は 時間が経つにつれて重くのしかかってきます。

左膝の慢性的な鵞足炎。
シンスプリント。そして足底筋膜炎。

ある時に このままでは走れなくなるかもしれない
と思うほどの痛みに苛まれ

泣く泣く整形外科で受けた診断結果です。

どれもそれなりに重度だったようで ドクターストップを受けました。

年をとっても自分の脚で歩きたいなら今は走るのを諦めなさい と。

しかし私は諦めませんでした。

ある日は整体に通い かえって身体によくないんじゃないか

と思うほどのマッサージや処置を受けました。

すべては癖のないフォームを手に入れ
痛みのないランニングライフを取り戻すため。

ランニングは 私の生活にはなくてはならないもの。

身体を早く治したい。
走れないことへの焦燥の日々から早く抜け出したい。

その原因をつきとめ
自分のランを完成させるために時間を使いました。

だから私は
走ることだけはやめませんでした。

この状態で走り続けることでしか
何を変えればよいか。

変えた結果 どうなるのか。

その答えはわからない。

はずかしながら
当時の私は本気でそう考えていました。

輝いていたランニングライフ

この頃はランニングを始めて3年が過ぎた年。

私は普段の生活を 完全に走ることに振り切っていました。

サブ4を達成したい。

もっと速くなりたい。

明確な目標はありましたが

ここまで固執する理由は それだけではなかったんだと思います。

30代後半になって始め

昨日までできなかったことが できるようになる。

自己ベストを更新するたびに 自分の成長をダイレクトに感じられる喜び。

「無くした自分を取り戻す時間」

ランニングは私にとって ここまで大きな意味を持つようになっていました。

だから 走ることをやめるのが怖かった。

あの頃の私からランニングを取ってしまえば

中身すっからかんの ただの置物です。

ランの神様から嫌われた日

走りたい。

もっと速くなりたい。

でも身体はそれにこたえられる状態ではない。

以前のように自己ベストを更新することはできなくなり

全力で走ることに恐怖さえ感じていました。

思い通りにならなくても。それでも走る。

止まってしまえば、きっとそこが終点になってしまう。

いつしか 私にとってランニングは

のがれられない底なし沼

になっていました。

しかしここで転機が訪れます。

そんな私が走らないことを選ぶ日が来たのです。

そのきっかけは 家族でした。

――第3話へ続く。

← 第1話「走るのが嫌いだった私が ランニングに夢中になるまで」

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